やなかゆう
やなかゆう
芥川龍之介作『女仙』です
このおはなしはこんな人にオススメ
  • すぐに読める芥川龍之介作品が読みたい。
  • さっぱりした読了感のある作品を読みたい。
  • 小学三年生くらいの子どもが読み切れる文学作品を探している。

このおはなしの作者

芥川龍之介あくたがわりゅうのすけ(1892年~1927年)

※名前をクリックすると別ウィンドウでWikipediaの作者情報が表示されます。

おはなしの始まりはここから

★この文章は2分で読めます

昔むかし、支那しなの或ある田舎いなかに書生しょせいが一人ひとり住すんでいました。

何なにしろ支那しなのことですから、桃ももの花はなの咲さいた窓まどの下したで本ほんばかり読よんでいたのでしょう。

すると、この書生しょせいの家うちの隣となりに年としの若わかい女おんなが一人ひとり、――それも美うつくしい女おんなが一人ひとり、誰だれも使つかわずに住すんでいました。

書生しょせいはこの若わかい女おんなを不思議ふしぎに思おもっていたのはもちろんです。

実際じっさいまた彼女かのじょの身みの上うえをはじめ、彼女かのじょが何なにをして暮くらしているかは誰だれ一人ひとり知しるものもなかったのですから。

或ある風かぜのない春はるの日ひの暮くれ、書生しょせいはふと外そとへ出でて見みると、何なにかこの若わかい女おんなの罵ののしっている声こえが聞きこえました。

それはまたどこかの庭鳥にわどりがのんびりと鬨ときを作つくっている中なかに、如何いかにも物々ものものしく聞きこえるのです。

書生しょせいはどうしたのかと思おもいながら、彼女かのじょの家いえの前まえへ行いって見みました。

すると眉まゆを吊つり上あげた彼女かのじょは、年としをとった木樵きこりの爺じいさんを引ひき据すえ、ぽかぽか白髪頭しらがあたまを殴なぐっているのです。

しかも木樵きこりの爺じいさんは顔中かおじゅうに涙なみだを流ながしたまま、平ひら謝あやまりに謝あやまっているではありませんか!

「これは一体いったいどうしたのです? 何なにもこういう年寄としよりを、殴なぐらないでも善いいじゃありませんか!――」

書生しょせいは彼女かのじょの手てを抑おさえ、熱心ねっしんにたしなめにかかりました。

「第一だいいち年上としうえのものを殴なぐるということは、修身しゅうしんの道みちにもはずれている訳わけです。」

「年上としうえのものを? この木樵きこりはわたしよりも年下とししたです。」

「冗談じょうだんを言いってはいけません。」

「いえ、冗談じょうだんではありません。わたしはこの木樵きこりの母親ははおやですから。」

書生しょせいは呆気あっけにとられたなり、思おもわず彼女かのじょの顔かおを見みつめました。

やっと木樵きこりを突つき離はなした彼女かのじょは美うつくしい、――というよりも凜々りりしい顔かおに血ちの色いろを通かよわせ、目まじろぎもせずにこう言いうのです。

「わたしはこの倅せがれのために、どの位くらい苦労くろうをしたかわかりません。けれども倅せがれはわたしの言葉ことばを聞きかずに、我わが儘ままばかりしていましたから、とうとう年としをとってしまったのです。」

「では、……この木樵きこりはもう七十位ななじゅうくらいでしょう。そのまた木樵きこりの母親ははおやだというあなたは、一体いったいいくつになっているのです?」

「わたしですか? わたしは三千六百歳さんぜんろっぴゃくさいです。」

書生しょせいはこういう言葉ことばと一緒いっしょに、この美うつくしい隣となりの女おんなが仙人せんにんだったことに気付きづきました。

しかしもうその時ときには、何なにか神々こうごうしい彼女かのじょの姿すがたは忽たちまちどこかへ消きえてしまいました。

うらうらと春はるの日ひの照てり渡わたった中なかに木樵きこりの爺じいさんを残のこしたまま。……

やなかゆう
やなかゆう
「爺さん」を打ち誤って「爺サイン」になってしまったのは、ここだけの話
おはなちゃん
おはなちゃん
(爺サインて・・・!!)

読了ワーク

思い出してみよう

  1. 書生の家の隣にはどんな人が住んでいましたか。
  2. 書生は家の隣に住む人のことを不思議に思っていました。それはなぜですか。
  3. ある日、書生の家の隣に住む人が木樵の爺さんの頭を殴っていました。それはなぜですか。

調べてみよう

  • “支那”とはどこの国のことでしょうか。

単語ピックアップ

1.書生(しょせい)

2.罵る(ののしる)

3.鬨(とき)

4.物々しい(ものものしい)

5.平謝り(ひらあやまり)

6.修身(しゅうしん)

7.呆気(あっけ)

8.倅(せがれ)

自分の息子をへりくだって言う時の言葉。

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読了ワーク『思い出してみよう』の解答例

  1. 年の若い美しい女。
  2. 彼女の身の上をはじめ、何をして暮らしているのか誰一人知るものがいなかったから。
  3. 木樵が女性の言葉を聞かずに我が儘ばかりしてとうとう年をとってしまったから。