- すぐに読める芥川龍之介作品が読みたい。
- さっぱりした読了感のある作品を読みたい。
- 小学三年生くらいの子どもが読み切れる文学作品を探している。
このおはなしの作者
※名前をクリックすると別ウィンドウでWikipediaの作者情報が表示されます。
おはなしの始まりはここから
★この文章は2分で読めます
昔、支那の或田舎に書生が一人住んでいました。
何しろ支那のことですから、桃の花の咲いた窓の下で本ばかり読んでいたのでしょう。
すると、この書生の家の隣に年の若い女が一人、――それも美しい女が一人、誰も使わずに住んでいました。
書生はこの若い女を不思議に思っていたのはもちろんです。
実際また彼女の身の上をはじめ、彼女が何をして暮らしているかは誰一人知るものもなかったのですから。
或風のない春の日の暮れ、書生はふと外へ出て見ると、何かこの若い女の罵っている声が聞こえました。
それはまたどこかの庭鳥がのんびりと鬨を作っている中に、如何にも物々しく聞こえるのです。
書生はどうしたのかと思いながら、彼女の家の前へ行って見ました。
すると眉を吊り上げた彼女は、年をとった木樵の爺さんを引き据え、ぽかぽか白髪頭を殴っているのです。
しかも木樵の爺さんは顔中に涙を流したまま、平謝りに謝っているではありませんか!
「これは一体どうしたのです? 何もこういう年寄りを、殴らないでも善いじゃありませんか!――」
書生は彼女の手を抑え、熱心にたしなめにかかりました。
「第一年上のものを殴るということは、修身の道にもはずれている訳です。」
「年上のものを? この木樵はわたしよりも年下です。」
「冗談を言ってはいけません。」
「いえ、冗談ではありません。わたしはこの木樵の母親ですから。」
書生は呆気にとられたなり、思わず彼女の顔を見つめました。
やっと木樵を突き離した彼女は美しい、――というよりも凜々しい顔に血の色を通わせ、目じろぎもせずにこう言うのです。
「わたしはこの倅のために、どの位苦労をしたかわかりません。けれども倅はわたしの言葉を聞かずに、我が儘ばかりしていましたから、とうとう年をとってしまったのです。」
「では、……この木樵はもう七十位でしょう。そのまた木樵の母親だというあなたは、一体いくつになっているのです?」
「わたしですか? わたしは三千六百歳です。」
書生はこういう言葉と一緒に、この美しい隣の女が仙人だったことに気付きました。
しかしもうその時には、何か神々しい彼女の姿は忽ちどこかへ消えてしまいました。
うらうらと春の日の照り渡った中に木樵の爺さんを残したまま。……
読了ワーク
思い出してみよう
- 書生の家の隣にはどんな人が住んでいましたか。
- 書生は家の隣に住む人のことを不思議に思っていました。それはなぜですか。
- ある日、書生の家の隣に住む人が木樵の爺さんの頭を殴っていました。それはなぜですか。
調べてみよう
- “支那”とはどこの国のことでしょうか。
単語ピックアップ
1.書生(しょせい)
2.罵る(ののしる)
3.鬨(とき)
4.物々しい(ものものしい)
5.平謝り(ひらあやまり)
6.修身(しゅうしん)
7.呆気(あっけ)
8.倅(せがれ)
自分の息子をへりくだって言う時の言葉。
音読シートダウンロード
★この物語“女仙”の音読シートがダウンロードできます。
[download id=”1743″]
読了ワーク『思い出してみよう』の解答例
- 年の若い美しい女。
- 彼女の身の上をはじめ、何をして暮らしているのか誰一人知るものがいなかったから。
- 木樵が女性の言葉を聞かずに我が儘ばかりしてとうとう年をとってしまったから。