不思議な話 PR

結局は心持ちがすべてだよねと思う話④

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やなかゆう
やなかゆう
芥川龍之介作『杜子春④』です
このおはなしはこんな人にオススメ
  • 少し長めで読み応えのある作品を少しずつ読みたい。
  • 異国情緒溢れる作品を読みたい。
  • 小学三年生くらいの子どもがひとりで読める作品を探している。

このおはなしの作者

芥川龍之介あくたがわりゅうのすけ(1892年~1927年)

※名前をクリックすると別ウィンドウでWikipediaの作者情報が表示されます。

前回までのあらすじ

杜子春の前に現れた虎と白蛇が、杜子春に飛びかかる。それでも杜子春は、平然と坐り続け、その場をやり過ごす。

次に金の鎧を着下した神将が現れ、杜子春に返事を求める。

しかし、杜子春は以前変わらず黙っている。

そしてとうとう、神将は何も話そうとしない杜子春を戟で突き殺してしまう。すると、杜子春の体から魂が抜け出し、地獄の底へ下りて行く。

地獄まできた杜子春は、大勢の鬼に見つかり、閻魔大王の前に引き据えられる。
閻魔大王は「なぜ峨眉山の上へ坐っていたのか」と杜子春に問いかけるが、杜子春はそこでも黙り続けるのだった。

結局は心持ちがすべてだよねと思う話③【この文章は5分で読めます】芥川龍之介作、「杜子春」の第三話です。物語の漢字全てにルビが振ってあります。また、ルビ付きの1分で音読できるシートもダウンロードできます。...

おはなしの始まりはここから

★この文章は5分で読めます

地獄じごくにはだれでもっているとおり、つるぎやまいけほかにも、焦熱地獄しょうねつじごくというほのおたに極寒地獄ごっかんじごくというこおりうみが、くらそらしたならんでいます。

おにどもはそういう地獄じごくなかへ、わるわる杜子春とししゅんほうりこみました。

ですから杜子春とししゅん無残むざんにも、つるぎむねつらぬかれるやら、ほのおかおかれるやら、したかれるやら、かわがれるやら、てつきねかれるやら、あぶらなべられるやら、毒蛇どくじゃ脳味噌のうみそわれるやら、熊鷹くまたかわれるやら、――そのくるしみをかぞてていては、到底際限とうていさいげんがないくらい、あらゆるわされたのです。

それでも杜子春とししゅん我慢強がまんづよく、じっといしばったまま、一言ひとことくちきませんでした。

これにはさすがのおにどもも、あきかえってしまったのでしょう。

もう一度夜いちどよるのようなそらんで、森羅殿しんらでんまえかえってると、さっきのとお杜子春とししゅんきざはししたえながら、御殿ごてんうえ閻魔大王えんまだいおうに、「この罪人ざいにんはどうしても、ものを気色けしきがございません。」と、くちそろえて言上ごんじょうしました。

閻魔大王えんまだいおうまゆをひそめて、しばら思案しあんれていましたが、やがてなにおもいついたとえて、「このおとこ父母ちちははは、畜生ちくしょうどうちているはずだから、早速さっそくここへててい。」と、一匹いっぴきおにいつけました。

おにたちまかぜって、地獄じごくそらがりました。

おもうと、又星またほしながれるように、二匹にひきけものてながら、さっと森羅殿しんらでんまえりてました。

そのけもの杜子春とししゅんは、おどろいたのおどろかないのではありません。

なぜかといえばそれは二匹にひきとも、かたちすぼらしいうまでしたが、かおゆめにもわすれない、んだ父母ちちははとおりでしたから。

「こら、そのほうなんのために、峨眉山がびさんうえすわっていたか、まっすぐに白状はくじょうしなければ、今度こんどはそのほう父母ちちははいたおもいをさせてやるぞ。」

杜子春とししゅんはこうおどされても、やはり返答へんとうをしずにいました。

「この不幸者ふこうものめが。そのほう父母ちちははくるしんでも、そのほうさえ都合つごうければ、おもっているのだな。」

閻魔大王えんまだいおう森羅殿しんらでんくずれるほどすさまじいこえわめきました。

て。おにども。その二匹にひき畜生ちくしょうを、にくほねくだいてしまえ。」

おにどもは一斉いっせいに「はっ」とこたえながら、てつむちをとってがると、四方八方しほうはっぽうから二匹にひきうまを、未練未酌みれんみしゃくなくちのめしました。

むちはりゅうりゅうとかぜって、所嫌ところきらわずあめのように、うま皮肉ひにくやぶるのです。

うまは、――畜生ちくしょうになった父母ちちははは、くるしそうにもだえて、にはなみだかべたまま、てもいられない程嘶ほどいななてました。

「どうだ。まだそのほう白状はくじょうしないか。」

閻魔大王えんまだいおうおにどもに、しばらむちをやめさせて、もう一度杜子春いちどとししゅんこたえをうながしました。

もうそのときには二匹にひきうまも、にくくだけて、いきえにきざはしまえへ、たおしていたのです。

杜子春とししゅん必死ひっしになって、鉄冠子てっかんし言葉ことばおもしながら、かたをつぶっていました。

するとその時彼ときかれみみには、ほとんこえとはいえないくらい、かすかなこえつたわってました。

心配しんぱいをおしでない。わたしたちはどうなっても、おまえさえ仕合しあわせになれるのなら、それより結構けっこうなことはないのだからね。大王だいおうなんおっしゃっても、いたくないことはだまって御出おいで。」

それはたしかになつかしい、母親ははおやこえちがいありません。

杜子春とししゅんおもわず、をあきました。

そうしてうま一匹いっぴきが、ちからなく地上ちじょうたおれたまま、かなしそうにかれかおへ、じっとをやっているのをました。

母親ははおやはこんなくるしみのなかにも、息子むすここころおもいやって、おにどものむちたれたことを、うら気色けしきさえもせないのです。

大金持おおがねもちになれば御世辞おせじい、貧乏人びんぼうにんになればくちかない世間せけんひとたちにくらべると、なんという有難ありがたこころざしでしょう。

なんという健気けなげ決心けっしんでしょう。

杜子春とししゅん老人ろうじんいましめもわすれて、まろぶようにそのそばはしりよると、両手りょうて半死はんしうまくびいて、はらはらとなみだとしながら、「おっかさん」と一声ひとこえさけびました。…………

そのこえがついてると、杜子春とししゅんはやはり夕日ゆうひびて、洛陽らくよう西にしもんしたに、ぼんやりたたずんでいるのでした。

かすんだそらしろ三日月みかづきないひとくるまなみ、――すべてがまだ峨眉山がびさんへ、かないまえおなじことです。

「どうだな。おれの弟子でしになったところが、とても仙人せんにんにはなれはすまい。」

片目眇かためすが老人ろうじん微笑ほほえみふくみながらいました。

「なれません。なれませんが、しかしわたしはなれなかったことも、かえってうれしいがするのです。」

杜子春とししゅんはまだなみだかべたまま、おもわず老人ろうじんにぎりました。

「いくら仙人せんにんになれたところが、わたしはあの地獄じごく森羅殿しんらでんまえに、むちけている父母ちちははては、だまっているわけにはきません。」

「もしおまえだまっていたら――。」と鉄冠子てっかんしきゅうおごそかなかおになって、じっと杜子春とししゅんつめました。

「もしおまえだまっていたら、おれは即座そくざにおまえいのちってしまおうとおもっていたのだ。
――おまえはもう仙人せんにんになりたいというのぞみもっていまい。大金持おおがねもちになることは、もとより愛想あいそがつきたはずだ。ではおまえはこれからあとなにになったらおもうな。」

なにになっても、人間にんげんらしい、正直しょうじきらしをするつもりです。」

杜子春とししゅんこえにはいままでにないれした調子ちょうしもっていました。

「その言葉ことばわすれるなよ。ではおれは今日限きょうかぎり、二度にどとおまえにはわないから。」

鉄冠子てっかんしはこううちに、もうあるしていましたが、きゅう又足またあしめて、杜子春とししゅんほうかえると、

「おお、さいわい、今思いまおもしたが、おれは泰山たいざんみなみふもと一軒いっけんいえっている。そのいえはたけごとおまえにやるから、早速行さっそくいってまうが今頃いまごろ丁度家ちょうどいえのまわりに、ももはな一面いちめんいているだろう。」と、さも愉快ゆかいそうにつけくわえました。

片目眇かためすがについて・・・片目が細い目である状態のことを表す言葉。この身体的な特徴を表す言葉は、時として人を侮辱し、傷つける差別的な表現として、現代では不適切に感じられる箇所です。

読了ワーク

思い出してみよう

  1. 地獄のあらゆる責め苦にも耐え、一言もしゃべらなかった杜子春ですが、最後はとうとう言葉を発してしまいます。それはなぜでしょうか。
  2. 仙人になることはあきらめた杜子春。これからどのように暮らしていくと言いましたか。

調べてみよう

  1. 『焔』と『炎』の違いは何でしょうか。
  2. 『好い』(いい/よい)には他にも『良い』『善い』『宜い』『佳い』『吉い』があります。それぞれの違い、使い分けについて調べてみましょう。

単語ピックアップ

1.思案(しあん)

あれこれと考えをめぐらせること。

2.畜生(ちくしょう)

獣、鳥、魚、虫などの人間以外の生き物のこと。

注目★四字熟語

1.四方八方(しほうはっぽう)

あらゆる方向、あちらこちら。

2.未練未酌(みれんみしゃく)

相手の事情や心情を考慮したり、同情すること。
※打ち消しの言葉を伴って使うことが多い。『未練未酌』+『ない』で同情心も無く、冷酷な様を表す。

音読シートダウンロード

★この物語“杜子春④”の音読シートがダウンロードできます。
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読了ワーク『思い出してみよう』の解答例

  1. 自分の親だという馬が、鬼に鞭で叩かれ、自分が苦しくても恨む様子もなく、懐かしいお母さんの声で息子を思いやる言葉をかけたから。
  2. なにになっても、人間らしく、正直に暮らすと言った。