不思議な話 PR

結局は心持ちがすべてだよねと思う話②

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やなかゆう
やなかゆう
芥川龍之介作『杜子春②』です
このおはなしはこんな人にオススメ
  • 少し長めで読み応えのある作品を少しずつ読みたい。
  • 異国情緒溢れる作品を読みたい。
  • 小学三年生くらいの子どもがひとりで読める作品を探している。

このおはなしの作者

芥川龍之介あくたがわりゅうのすけ(1892年~1927年)

※名前をクリックすると別ウィンドウでWikipediaの作者情報が表示されます。

前回までのあらすじ

ある春の日暮れ。

唐の都、洛陽の西の門の下に、ぼんやり空を仰いでいる一人の若者がいた。
名は杜子春。財産を使い尽くし、その日の暮らしにも困り果てていた。

そこへ、一人の老人が現れ、杜子春に沢山の黄金を手に入れる方法を教える。

老人の言う通りにすると、杜子春は一日にして大金持ちになった。

大金持ちになった杜子春が、毎日贅沢に過ごしていると、三年目の春にはまた貧乏に戻ってしまう。

するとあの時の老人が現れ、もう一度杜子春に沢山の黄金を手に入れる方法を教える。

老人の言う通りにすると、再び杜子春は一日にして大金持ちになるが、三年経つ頃にはまた沢山の黄金はなくなってしまった。

結局は心持ちがすべてだよねと思う話①【この文章は5分で読めます】芥川龍之介作、「杜子春」の第一話です。物語の漢字全てにルビが振ってあります。また、ルビ付きの1分で音読できるシートもダウンロードできます。 ...

おはなしの始まりはここから

★この文章は5分で読めます

「おまえなにかんがえているのだ。」

片目眇かためすが老人ろうじんは、三度さんど杜子春とししゅんまえて、おなじことをいかけました。

勿論彼もちろんかれはそのときも、洛陽らくよう西にしもんしたに、ほそぼそとかすみやぶっている三日月みかづきひかりながめながら、ぼんやりたたずんでいたのです。

わたしですか。わたし今夜寝こんやねところもないので、どうしようかとおもっているのです。」

「そうか。それは可哀かわいそうだな。ではおれがいことをおしえてやろう。いまこの夕日ゆうひなかって、おまえかげうつったら、そのはらたるところを、夜中よなかってるがい。きっとくるまにいっぱいの――。」

老人ろうじんがここまでいかけると、杜子春とししゅんきゅうげて、その言葉ことばさえぎりました。

「いや、おかねはもういらないのです。」

かねはもういらない? ははあ、では贅沢ぜいたくをするにはとうとうきてしまったとえるな。」

老人ろうじんいぶかしそうなつきをしながら、じっと杜子春とししゅんかおつめました。

なに贅沢ぜいたくきたのじゃありません。人間にんげんというものに愛想あいそがつきたのです。」

杜子春とししゅん不平ふへいそうなかおをしながら、突慳貪つっけんどんにこういました。

「それは面白おもしろいな。どうして又人間またにんげん愛想あいそきたのだ?」

人間にんげん皆薄情みなはくじょうです。わたし大金持おおがねもちになったときには、世辞せじ追従ついしょうもしますけれど、一旦貧乏いったんびんぼうになって御覧ごらんなさい。やさしいかおさえもしてせはしません。そんなことをかんがえると、たといもう一度いちど大金持おおがねもちになったところが、なににもならないようながするのです。」

老人ろうじん杜子春とししゅん言葉ことばくと、きゅうににやにやわらしました。

「そうか。いや、おまえわかもの似合にあわず、感心かんしんもののわかるおとこだ。ではこれからは貧乏びんぼうをしても、やすらかにらしてくつもりか。」

杜子春とししゅんはちょいとためらいました。

が、すぐにおもったげると、うったえるように老人ろうじんかおながら、

「それもいまわたしには出来できません。ですからわたしはあなたの弟子でしになって、仙術せんじゅつ修業しゅぎょうをしたいとおもうのです。いいえ、かくしてはいけません。あなたは道徳どうとくたか仙人せんにんでしょう。仙人せんにんでなければ、一夜ひとようちわたし天下第一てんかだいいち大金持おおがねもちにすることは出来できないはずです。どうかわたし先生せんせいになって、不思議ふしぎ仙術せんじゅつおしえてください。」

老人ろうじんまゆをひそめたまま、しばらくはだまって、何事なにごとかんがえているようでしたが、やがてまたにっこりわらいながら、「いかにもおれは峨眉山がびさんんでいる、鉄冠子てっかんしという仙人せんにんだ。はじめおまえかおとき、どこかものわかりがさそうだったから、二度にどまで大金持おおがねもちにしてやったのだが、それ程仙人ほどせんにんになりたければ、おれの弟子でしにとりててやろう。」と、こころよねがれてくれました。

杜子春とししゅんよろこんだの、よろこばないのではありません。

老人ろうじん言葉ことばがまだわらないうちに、かれ大地だいちひたいをつけて、何度なんど鉄冠子てっかんし御辞儀おじぎをしました。

「いや、そう御礼おれいなどはってもらうまい。いくらおれの弟子でしにしたところが、立派りっぱ仙人せんにんになれるかなれないかは、お前次第まえしだいまることだからな。――が、ともかくもまずおれと一しょに、峨眉山がびさんおくるがい。おお、さいわい、ここに竹杖たけづえ一本落いっぽんおちている。では早速さっそくこれへって、一飛ひととびにそらわたるとしよう。」

鉄冠子てっかんしはそこにあった青竹あおたけ一本拾いっぽんひろげると、くちうち呪文じゅもんとなえながら、杜子春とししゅん一緒いっしょにそのたけへ、うまにでもるようにまたがりました。

すると不思議ふしぎではありませんか。竹杖たけづえたちまりゅうのように、いきおいよく大空おおぞらがって、わたったはる夕空ゆうぞら峨眉山がびさん方角ほうがくんできました。

杜子春とししゅんきもをつぶしながら、おそおそした見下みおろしました。

が、したには唯青ただあお山々やまやま夕明ゆうあかりのそこえるばかりで、あの洛陽らくようみやこ西にしもんは、(とうにかすみまぎれたのでしょう)どこをさがしても見当みあたりません。

そのうち鉄冠子てっかんしは、しろびんかぜかせて、たからかにうたうたしました。

あした北海ほっかいあそび、れには蒼梧そうご

袖裏しゅうり青蛇せいだ胆気粗たんきそなり。

たび岳陽がくようはいれども、人識ひとしらず。

朗吟ろうぎんして、飛過ひか洞庭湖どうていこ

二人ふたりせた青竹あおたけは、もなく峨眉山がびさんがりました。

そこはふかたにのぞんだ、はばひろ一枚岩いちまいいわうえでしたが、よくよくたかところだとえて、中空なかぞられた北斗ほくとほしが、茶碗程ちゃわんほどおおきさにひかっていました。

もとより人跡じんせきえたやまですから、あたりはしんとしずまりかえって、やっとにはいるものは、うしろの絶壁ぜっぺきえている、がりくねった一株ひとかぶまつが、こうこうと夜風よかぜおとだけです。

二人ふたりがこのいわうえると、鉄冠子てっかんし杜子春とししゅん絶壁ぜっぺきしたすわらせて、

「おれはこれから天上てんじょうって、西王母せいおうぼ御眼おめにかかってるから、おまえはそのあいだここにすわって、おれのかえるのをっているがい。多分たぶんおれがいなくなると、いろいろな魔性ましょうあらわれて、おまえをたぶらかそうとするだろうが、たといどんなことがころうとも、けっしてこえすのではないぞ。もし一言ひとことでもくちいたら、おまえ到底仙人とうていせんにんにはなれないものだと覚悟かくごをしろ。いか。天地てんちけても、だまっているのだぞ。」といました。

大丈夫だいじょうぶです。けっしてこえなぞはしません。いのちがなくなっても、だまっています。」

「そうか。それをいて、おれも安心あんしんした。ではおれはってるから。」

老人ろうじん杜子春とししゅんわかれをげると、またあの竹杖たけづえまたがって、夜目よめにもけずったような山々やまやまそらへ、一文字いちもんじえてしまいました。

杜子春とししゅんはたった一人ひとりいわうえすわったまま、しずかにほしながめていました。

するとかれこれ半時はんときばかりって、深山しんざん夜気やき肌寒はだざむうす着物きものとおしたころ突然空中とつぜんくうちゅうこえがあって、「そこにいるのは何者なにものだ。」と、しかりつけるではありませんか。

しかし杜子春とししゅん仙人せんにんおしどおり、なんとも返事へんじをしずにいました。

ところが又暫またしばらくすると、やはりおなこえひびいて、「返事へんじをしないとちどころに、いのちはないものと覚悟かくごしろ。」と、いかめしくおどしつけるのです。

片目眇かためすがについて・・・片目が細い目である状態のことを表す言葉。この身体的な特徴を表す言葉は、時として人を侮辱し、傷つける差別的な表現として、現代では不適切に感じられる箇所です。

結局は心持ちがすべてだよねと思う話③【この文章は5分で読めます】芥川龍之介作、「杜子春」の第三話です。物語の漢字全てにルビが振ってあります。また、ルビ付きの1分で音読できるシートもダウンロードできます。...

読了ワーク

思い出してみよう

  1. もう一度現れた老人の言葉を遮り、杜子春は「お金はもういらない」と言います。それはなぜでしょうか。
  2. 杜子春は老人に何をお願いしましたか。
  3. 仙人だった老人は、杜子春とある約束事をします。どんな約束事でしたか。

調べてみよう

  • “西王母”とは何でしょうか。

単語ピックアップ

1.突慳貪(つっけんどん)

態度や言葉遣いがとげとげしく、冷淡な様子。愛想がない様。

2.世辞(せじ)

相手が気に入る様なことを言うこと。

3.追従(ついしょう)

相手が気に入るような言動をすること。こびを売ること。

4.夜気(やき)

夜の冷たい空気のこと。

音読シートダウンロード

★この物語“杜子春②”の音読シートがダウンロードできます。
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読了ワーク『思い出してみよう』の解答例

  1. 大金持ちになった時だけ、世辞や追従をする人間に愛想がつきたから。
  2. 杜子春の先生になって、不思議な仙術を教えて欲しいとお願いした。
  3. 老人が帰ってくるまで、誰が来ても一言もしゃべってはいけないという約束。