- 少し長めで読み応えのある作品を少しずつ読みたい。
- 異国情緒溢れる作品を読みたい。
- 小学三年生くらいの子どもがひとりで読める作品を探している。
このおはなしの作者
※名前をクリックすると別ウィンドウでWikipediaの作者情報が表示されます。
前回までのあらすじ
ある春の日暮れ。
唐の都、洛陽の西の門の下に、ぼんやり空を仰いでいる一人の若者がいた。
名は杜子春。財産を使い尽くし、その日の暮らしにも困り果てていた。
そこへ、一人の老人が現れ、杜子春に沢山の黄金を手に入れる方法を教える。
老人の言う通りにすると、杜子春は一日にして大金持ちになった。
大金持ちになった杜子春が、毎日贅沢に過ごしていると、三年目の春にはまた貧乏に戻ってしまう。
するとあの時の老人が現れ、もう一度杜子春に沢山の黄金を手に入れる方法を教える。
老人の言う通りにすると、再び杜子春は一日にして大金持ちになるが、三年経つ頃にはまた沢山の黄金はなくなってしまった。
おはなしの始まりはここから
★この文章は5分で読めます
「お前は何を考えているのだ。」
片目眇めの老人は、三度杜子春の前へ来て、同じことを問いかけました。
勿論彼はその時も、洛陽の西の門の下に、ほそぼそと霞を破っている三日月の光を眺めながら、ぼんやり佇んでいたのです。
「私ですか。私は今夜寝る所もないので、どうしようかと思っているのです。」
「そうか。それは可哀そうだな。ではおれが好いことを教えてやろう。今この夕日の中へ立って、お前の影が地に映ったら、その腹に当たる所を、夜中に掘って見るが好い。きっと車にいっぱいの――。」
老人がここまで言いかけると、杜子春は急に手を挙げて、その言葉を遮りました。
「いや、お金はもういらないのです。」
「金はもういらない? ははあ、では贅沢をするにはとうとう飽きてしまったと見えるな。」
老人は審しそうな眼つきをしながら、じっと杜子春の顔を見つめました。
「何、贅沢に飽きたのじゃありません。人間というものに愛想がつきたのです。」
杜子春は不平そうな顔をしながら、突慳貪にこう言いました。
「それは面白いな。どうして又人間に愛想が尽きたのだ?」
「人間は皆薄情です。私が大金持ちになった時には、世辞も追従もしますけれど、一旦貧乏になって御覧なさい。柔しい顔さえもして見せはしません。そんなことを考えると、たといもう一度大金持ちになったところが、何にもならないような気がするのです。」
老人は杜子春の言葉を聞くと、急ににやにや笑い出しました。
「そうか。いや、お前は若い者に似合わず、感心に物のわかる男だ。ではこれからは貧乏をしても、安らかに暮らして行くつもりか。」
杜子春はちょいとためらいました。
が、すぐに思い切った眼を挙げると、訴えるように老人の顔を見ながら、
「それも今の私には出来ません。ですから私はあなたの弟子になって、仙術の修業をしたいと思うのです。いいえ、隠してはいけません。あなたは道徳の高い仙人でしょう。仙人でなければ、一夜の内に私を天下第一の大金持ちにすることは出来ない筈です。どうか私の先生になって、不思議な仙術を教えて下さい。」
老人は眉をひそめたまま、暫くは黙って、何事か考えているようでしたが、やがて又にっこり笑いながら、「いかにもおれは峨眉山に棲んでいる、鉄冠子という仙人だ。始めお前の顔を見た時、どこか物わかりが好さそうだったから、二度まで大金持ちにしてやったのだが、それ程仙人になりたければ、おれの弟子にとり立ててやろう。」と、快く願い容れてくれました。
杜子春は喜んだの、喜ばないのではありません。
老人の言葉がまだ終わらない内に、彼は大地に額をつけて、何度も鉄冠子に御辞儀をしました。
「いや、そう御礼などは言って貰うまい。いくらおれの弟子にしたところが、立派な仙人になれるかなれないかは、お前次第で決まることだからな。――が、ともかくもまずおれと一しょに、峨眉山の奥へ来て見るが好い。おお、幸い、ここに竹杖が一本落ちている。では早速これへ乗って、一飛びに空を渡るとしよう。」
鉄冠子はそこにあった青竹を一本拾い上げると、口の中に呪文を唱えながら、杜子春と一緒にその竹へ、馬にでも乗るように跨がりました。
すると不思議ではありませんか。竹杖は忽ち竜のように、勢いよく大空へ舞い上がって、晴れ渡った春の夕空を峨眉山の方角へ飛んで行きました。
杜子春は肝をつぶしながら、恐る恐る下を見下ろしました。
が、下には唯青い山々が夕明かりの底に見えるばかりで、あの洛陽の都の西の門は、(とうに霞に紛れたのでしょう)どこを探しても見当たりません。
その内に鉄冠子は、白い鬢の毛を風に吹かせて、高らかに歌を唄い出しました。
朝に北海に遊び、暮れには蒼梧。
袖裏の青蛇、胆気粗なり。
三たび岳陽に入れども、人識らず。
朗吟して、飛過す洞庭湖。
二人を乗せた青竹は、間もなく峨眉山へ舞い下がりました。
そこは深い谷に臨んだ、幅の広い一枚岩の上でしたが、よくよく高い所だと見えて、中空に垂れた北斗の星が、茶碗程の大きさに光っていました。
元より人跡の絶えた山ですから、あたりはしんと静まり返って、やっと耳にはいるものは、後ろの絶壁に生えている、曲がりくねった一株の松が、こうこうと夜風に鳴る音だけです。
二人がこの岩の上に来ると、鉄冠子は杜子春を絶壁の下に坐らせて、
「おれはこれから天上へ行って、西王母に御眼にかかって来るから、お前はその間ここに坐って、おれの帰るのを待っているが好い。多分おれがいなくなると、いろいろな魔性が現れて、お前をたぶらかそうとするだろうが、たといどんなことが起ころうとも、決して声を出すのではないぞ。もし一言でも口を利いたら、お前は到底仙人にはなれないものだと覚悟をしろ。好いか。天地が裂けても、黙っているのだぞ。」と言いました。
「大丈夫です。決して声なぞは出しません。命がなくなっても、黙っています。」
「そうか。それを聞いて、おれも安心した。ではおれは行って来るから。」
老人は杜子春に別れを告げると、又あの竹杖に跨がって、夜目にも削ったような山々の空へ、一文字に消えてしまいました。
杜子春はたった一人、岩の上に坐ったまま、静かに星を眺めていました。
するとかれこれ半時ばかり経って、深山の夜気が肌寒く薄い着物に透り出した頃、突然空中に声があって、「そこにいるのは何者だ。」と、叱りつけるではありませんか。
しかし杜子春は仙人の教え通り、何とも返事をしずにいました。
ところが又暫くすると、やはり同じ声が響いて、「返事をしないと立ちどころに、命はないものと覚悟しろ。」と、いかめしく嚇しつけるのです。
※片目眇めについて・・・片目が細い目である状態のことを表す言葉。この身体的な特徴を表す言葉は、時として人を侮辱し、傷つける差別的な表現として、現代では不適切に感じられる箇所です。
読了ワーク
思い出してみよう
- もう一度現れた老人の言葉を遮り、杜子春は「お金はもういらない」と言います。それはなぜでしょうか。
- 杜子春は老人に何をお願いしましたか。
- 仙人だった老人は、杜子春とある約束事をします。どんな約束事でしたか。
調べてみよう
- “西王母”とは何でしょうか。
単語ピックアップ
1.突慳貪(つっけんどん)
態度や言葉遣いがとげとげしく、冷淡な様子。愛想がない様。
2.世辞(せじ)
相手が気に入る様なことを言うこと。
3.追従(ついしょう)
相手が気に入るような言動をすること。こびを売ること。
4.夜気(やき)
夜の冷たい空気のこと。
音読シートダウンロード
★この物語“杜子春②”の音読シートがダウンロードできます。
[download id=”1224″]
読了ワーク『思い出してみよう』の解答例
- 大金持ちになった時だけ、世辞や追従をする人間に愛想がつきたから。
- 杜子春の先生になって、不思議な仙術を教えて欲しいとお願いした。
- 老人が帰ってくるまで、誰が来ても一言もしゃべってはいけないという約束。