新美南吉作『手袋を買いに①【前編】』です。
- 優しい気持ちになる話が読みたい。
- 美しい情景が目に浮かぶような話が読みたい。
- 3歳以上の子どもに読み聞かせしたい。
おはなしの始まりはここから
★この文章は3分で読めます
寒い冬が北方から、狐の親子が住んでいる森にもやって来ました。
ある朝、洞穴から子狐が出ようとしましたが「あっ。」と叫んで目を抑えながら母さん狐のところへ転げて来ました。
「母ちゃん、目に何か刺さった、抜いてちょうだい早く早く!」と言いました。
母さん狐がびっくりして、目を抑えている子どもの手を恐る恐るとりのけて見ましたが、何も刺さってはいません。
母さん狐は洞穴の入口から外へ出て、始めてわけがわかりました。
昨夜のうちに真っ白な雪がどっさり降って、雪はお陽さまの光をキラキラと反射していたのです。
雪を知らなかった子どもの狐は、まぶしさのあまり目に何か刺さったと思ったのでした。
子どもの狐は遊びに行きました。
真綿のように柔らかい雪の上を駈け廻まわると、雪の粉が、しぶきのように飛び散って小さい虹がすっと映るのでした。
すると突然、うしろで「どたどた、ざーっ」と物凄い音がして、パン粉のような粉雪が、ふわーっと子狐におっかぶさって来ました。
子狐はびっくりして、雪の中にころがるようにして十メートルも向こうへ逃げました。
何だろうと思ってふり返って見ましたが何もいませんでした。
それは樅の枝から雪がなだれ落ちたのでした。
まだ枝と枝の間から白い絹糸のように雪がこぼれていました。
間もなく洞穴へ帰って来た子狐は「お母ちゃん、お手々が冷たい、お手々がちんちんする。」と言って、濡れて牡丹色になった両手を母さん狐の前に差し出しました。
母さん狐はその手に息を吹きかけて、温かな母さんの手でやんわり包んでやりながら、可愛い坊やの手にしもやけができてはかわいそうだから、夜になったら町まで行って坊やのお手々に合う毛糸の手袋を買ってやろうと思いました。
親子の狐は洞穴から出ました。
子狐はお母さんのお腹の下へ入り込んで、辺りをキョロキョロしながら歩いて行きました。
やがて、ぽつり明かりが見え始めました。
それを子どもの狐が見て、「母ちゃん、お星さまはあんな低いところにも落ちてるのねえ。」と聞きました。
「あれはお星さまじゃないのよ、あれは町の灯なんだよ。」と言うと、母さん狐の足はすくんでしまいました。
その町の灯を見た母さん狐は、ある時町へお友達と出かけて行って、とんだめにあったことを思い出したのです。
それはお友達の狐が、ある家のアヒルを盗もうとしてお百姓に見つかり、散々追いかけられ命からがら逃げたことでした。
「母ちゃん、早く行こうよ。」と子どもの狐が言いましたが、母さん狐はどうしても足が進みません。
そこで、しかたがないので坊やだけを一人で町まで行かせることにしました。
「坊や、お手々を片方お出し。」と母さん狐が言いました。
その手を、母さん狐はしばらく握っている間に、可愛い人間の子どもの手にしてしまいました。
子狐はその手を広げたり握ったり、つねってみたり、嗅いでみたりしました。
「何だか変だな母ちゃん、これなあに?」と言って、人間の手に変えられてしまった手をしげしげと見つめました。
「それは人間の手よ。いいかい坊や。町へ行ったらたくさん人間の家があるからね。まず表に帽子の看板がかかっている家を探すんだよ。それが見つかったらトントンと戸を叩いて、今晩はって言うんだよ。そうするとね、中から人間が少し戸を開けるからね。その戸の隙間からこの人間の手を差し入れてね、この手にちょうどいい手袋頂戴って言うんだよ。決してこっちのお手々を出しちゃ駄目よ。」と母さん狐は言いきかせました。
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読了ワーク
思い出してみよう
- 洞穴から出てきた子狐は、目に何か刺さったと思い、目を抑えました。なぜ目に何か刺さったと思ったのでしょうか。
- 子狐が星だと思った光は何でしたか。
- 母さん狐は、子狐と一緒に町に行こうと思いましたが、足を進めることができませんでした。それはなぜでしょうか。
調べてみよう
- 『抑える』と『押さえる』の違いは何でしょう。
- 『駈ける』と『駆ける』の違いは何でしょう。
- 『絹糸』ってどんな糸だろう。
- 『牡丹色』はどんな色でしょうか。
単語ピックアップ
反射(はんしゃ)
光・電波・熱・音などの波が、ある物の面にぶつかり、反対の方向へ進む現象のこと。
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読了ワーク『思い出してみよう』の解答例
- 昨夜のうちにどっさり降った雪に、お陽さまの光がキラキラと反射したから。
- 町の灯
- お友達と町へ行った時に、とんだめにあったことを思い出したから。