- 読み応えのある話が読みたい。
- あまり知られていない作品を読みたい。
- 4歳以上の子どもに読み聞かせしたい。
このおはなしの作者
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前回までのあらすじ
昔、ある北の国の山奥の村に、伊作、多助、太郎右衛門という三人の百姓が暮らしていた。
三人の百姓は、田を耕したり、焼いた炭を三里ばかり離れた城下に売ったりして生計を立てていた。
ある秋の末、三人が背中に炭俵を背負って城下へ出かけている途中、先を行っていた伊作が何かを見つける。
伊作は後ろにいる二人に向かって手を振り、「早く来い、早く来い」とせき立てる。
せき立てられ、行った先に落ちていたものとは――。
おはなしの始まりはここから
★この文章は5分で読めます
「見ろ、こうしたものあ、落っこってるんだてば。」
と伊作は、少し身体を退けて、太郎右衛門にも見せました。
「ははあ! これあ、奇体な話でねいか!」と太郎右衛門は叫びました。
今三人の前に生まれてから三月ばかり経った一人の赤子が、美しい布に包まれて捨てられているのでした。
伊作の話では、伊作の最初に見付けた時は、赤子はよく眠っていたということでした。
「一体何処の子供だべいな? いい顔つきっこをしてるのにな!」多助は赤子の顔を見て、「それさ、いい着物を着て、ただ者の子供じゃあんめいよ。そんだとも、うっかり手をつけられねいぞ。かかり合いになって牢屋さでも、ぶっこまれたら大変だ。触らぬ神に祟なしって言うわで。」と付け足して言いました。
「そうだども、不憫でねいか、獣にでも見つかったら、食われてしまうでねいか?」
と、気の弱い太郎右衛門は言いました。
「子供も不憫には不憫だども、勿体ねい着物っこを着てるでねいか?」と普段から少し慾の深い伊作は、赤子を包んでいる美しい布を解いて見ました。
すると、赤子の腹のところに、三角にくけた胴巻が巻きつけてありました。
伊作は赤子の泣くのも耳に入らないと言うように、その財布を取り上げて、片方の端を持って振り廻して見るとその中から小判がどっさり出て来ました。
それを見て、多助も太郎右衛門も吃驚してしまいました。
「何て魂消た話だ!」と多助は青い顔をして太郎右衛門を見ると、太郎右衛門は今までこんな大金を見たことがないので、肝をつぶしてしまって、がたがたふるえていました。
伊作の発議でとにかく三人はその赤子を拾うことにきめました。
「この金はとにかく、おいらが預かって置くことにすべい。」
と伊作はさっさと自分の腹へ巻きつけようとしましたので、それを見た多助は、大変に怒って、伊作と喧嘩をはじめました。
そこで伊作は仕方がないので、小判を十枚だけ多助に渡しました。そして太郎右衛門には五枚だけ渡して、「お前に子供がないわで、この子供を育てたらよかべい。」と言いました。
太郎右衛門は、その時伊作に向かって、「おいら、子供が不憫だわで、つれて行くども、金が欲しくて子供をつれて行くんでねい。」と言ってどうしても金を受け取りませんでした。
多助は、もし太郎右衛門が受け取らなければその五枚も伊作に取られてしまうのを知っているので、是非受け取るようにすすめたけれども受け取りませんでした。
伊作は太郎右衛門がどうしても受け取らないので、その内の二枚を多助にくれて、後の三枚を元の胴巻へ入れて、腰に巻きつけてしまいました。
多助も後二枚だけ余計にもらったので、まんざら悪い気持ちもしませんでした。
三人は城下へ行くのをやめて、その日は自分の村へ帰ってしまいました。
太郎右衛門は拾った赤児をどうして育てて行こうかと、道々心配して帰って来ましたが家へ帰ってお上さんに赤児を見せると、子のないお上さんが大変喜んでくれたので、ほっと安心しました。
しかし伊作に口止めされているので、小判の話なぞは一言も言いませんでした。
「もし金のことが発覚すれば、三人同罪で牢屋へ行くのだ。」と伊作は馬鹿正直な太郎右衛門に言い含めておいたのでした。
太郎右衛門と、太郎右衛門のお上さんが、この赤児を見ているうちに、今まで一度も感じたことのないような嬉しい気持ちになって来ました。
お上さんは、太郎右衛門に向かって、「この子はお寺の子でねえかしら!」と言いました。
そのわけは、赤児を包んでいる布は緞子という立派な布で、お上さんが城下のお寺で、一度見たことがあるからということでした。
「馬鹿なあまっこだな、なしてお寺で子供を捨てべいな!」と太郎右衛門はお上さんを叱りつけました。
その晩、太郎右衛門夫婦は、大きな釜に湯を沸かして、厩の前で赤児に湯をつかわせてやることにしました。
お上さんは、何気なく赤児の帯をほどいて、厩の方へつれて行こうとすると、大きな振袖の中から一枚の紙切れが落ちて来ました。
「なんだべい!」と言って、その紙切れを亭主の太郎右衛門に渡しました。
太郎右衛門はそれを拾って見ると、その紙切れに、下のような文字が平仮名で書いてありました。
「ゆえありて、おとこのこをすつ、なさけあるひとのふところによくそだて。よばぬうちに、なのりいづるな、ときくれば、はるかぜふかん。」
この平仮名を読むために、夫婦は一晩費やしてしまいました。
太郎右衛門が読んだ時と、お上さんの読んだ時と文句がちがうので大変に困りました。
「何しろ、拾った人に、親切にしてくれろってことだべい。」と太郎右衛門が言うと、お上さんも、「そんだ、そんだ。」と同意を表しました。
二人はその晩、拾った赤児を代わり番こに抱いて寝ました。
赤児の柔らかい肌が触れると、二人ともなんとも言い表しがたい快感を感じました。
夜になってから、赤児が二度ほど泣きましたが、二人はその度に、甲斐甲斐しく起き上がって、あやしてやったり、「おしっこ」をさせてやったりしたので、朝方になって、大変よく眠りました。
お上さんが早く起きて、雨戸を明けると、そこから明るい太陽が遠慮なく射し込んで来ました。
お上さんは、急に自分が偉い人間にでもなったような自慢らしい気持ちがするので、不思議に思われる位でした。
太郎右衛門も太郎右衛門で、自分に抱かれて眠っている子供の顔を見ていると、その子がほんとうに自分の生んだ子供のような気がするのでした。
「見ろ、この子はなんていい面してるんだんべいな!」と太郎右衛門は、朝の支度にかかっている、お上さんを呼んで、子供の顔を見せました。
「ほんとね、いい面っこだこと。こんな子供ね百姓させられべいか!」とお上さんは、子供の寝顔を見て、つくづくと言うのでした。
太郎右衛門が子供を拾ったという噂が村中一杯に拡がりました。
夕方になると村の上さんたちや子供たちがぞろぞろ揃って捨て児を見に来ました。
そして、余り美しい児なので、みんな驚いてしまいました。
そして、「太郎右衛門さんとこあ、なんて仕合わせだんべい。」と口々に言いはやしながら帰りました。
読了ワーク
思い出してみよう
- 赤児を最初に見つけたのは誰でしたか。
- 赤児は結局誰が育てることになりましたか。
- 結局多助は小判を何枚もらいましたか。
調べてみよう
- “触らぬ神に祟りなし”の意味について調べてみましょう。
- 『慾』と『欲』の違いについて調べてみよう。
- “緞子(どんす)”という生地について調べてみよう。
単語ピックアップ
1.奇体(きたい)
普通とは違うめずらしいこと。
2.不憫(ふびん)
かわいそうなこと。
3.厩(うまや)
馬を飼育するのに使う小屋のこと。
2.甲斐甲斐しい(かいがいしい)
苦労も嫌がることなく、きびきびと手際良く面倒をみる様。
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読了ワーク『思い出してみよう』の解答例
- 伊作
- 太郎右衛門
- 12枚