- SF小説やドラえもんが好き。
- あまり知られていない作品を読みたい。
- 5歳以上の子どもに読み聞かせしたい。
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前回までのあらすじ
おはなしの始まりはここから
★この文章は5分で読めます
おじさんのいうことは、よく分からなかったけれど、おじさんが見せてくれた映画――ではない、「動く一万年前の光景」は、なかなかおもしろくて、よく分かった。
それは、大事なところになると、おじさんが説明をしてくれたから、なおさらよく分かったのだ。
約一万年前の世界が、おじさんの器械の映写幕の中に見えているのだ。
なんという驚き、なんという不思議!
その場面の多くは、上から下を見た光景であった。
おじさんは、ときどき器械のスイッチを切りかえて、ななめ上から見た光景も見せてくれたが、これは少しだけであった。
ま横から見たところや、正面から見たところは、ほとんど出てこなかった。
それは横へ出る光は、他の部分から出る光に邪魔をされて、純粋な形では出にくい。
だから見えにくいのだということだった。
「なんでしょうね、山脈のむこうに二つ光っているものがありますね。」三四郎は、おじさんにたずねた。
「あれは月だよ。」
器械の目盛をあわせていたおじさんは、かんたんに答えた。
「うそをいってらあ。月なら、ぼくだってわかりますよ。月が二つもあるわけがないじゃありませんか。」
「ところが、それがあるんだよ。この光景にうそはない。一万年前には、地球のまわりを月が二つ、まわっていたんだね。」
「ふーン。おどろいたなあ。」
「二つの月のうち、その一つは、なくなった。見ていたまえ、やがてそれが見えるはずだ、一方の月がこわれて見えなくなるところがねえ。」
「そんな光景が見えるんですか。ぼく、背中がぞくぞく寒くなった。」
「それはそうだろう。月がなくなるなんて、たいへんな事件だ。それがために、当時地球に住んでいた人類は、どんな目にあったか。どんな苦しみにあったか。見ていたまえ、今にそれが見えるから……。」
「お月様は今すぐこわれるんですか。」
「まだ、ちょっと間がある。――この器械は途中をどんどんとばして行くが、今うつっているときからかぞえて、約百年のうちに、月の一つがこわれる。」
「百年間も、この器械の前に待っているのですか。」
「いや、この器械では、あと十五分ぐらいで百年後の光景がうつり出すことになっている。今おじさんは、地表の光景をもっとはっきり出そうとして一生懸命やっているのだよ。ほらほら大陸の海岸線ははっきりしてきたろう。白く光っているのが海、くらいのが陸地だ。このへんは、地球上のどこだか分かるだろう。」
おじさんは、えんぴつを手にもって、画面をさした。
「ああ、分かりました。ヨーロッパですね。この辺がスペインにポルトガル。おやおや、ヨーロッパ大陸と南のアフリカ大陸とがつながっていますね。」
「まあ、そうだ。さあ、これから画面の方へ移動して行くよ。何が見えるか。」
「大西洋だ。」
「そうだ、大西洋だ。だが、これからよく気をつけて見ていたまえ。」
「おやおや、へんだぞ。大西洋の中に大陸がある。これは一体いったいどうしたんでしょう。」
三四郎は、大西洋のまん中に、相当大きな大陸のあるのを見て、不思議がった。
「あれはアトランチス大陸だ。当時、世界の文化はアトランチス大陸に集まっていたのだ。世界の中心だったんだ。エジプトの文化も、ユーラシア大陸の文化も、まだ誕生前だったんだ。」
「でも、今大西洋には、そんな大陸はないじゃありませんか。どうしたんですか。」
「さあ、それが大事件なんだ。まあ、しばらく見ていたまえ。器械を調整して、アトランチス大陸の地上へ焦点をあわせてみよう。」
おじさんは、器械の前で、いそがしく調整をはじめた。たくさんある目盛盤をいくども動かし、そして計器の針をみては、また目盛盤を動かすのであった。その間に、映写幕にうつっている像はいくたびかぼんやりとなり、またいくたびか川のように流れ、それからまた、たびたび消えた。
だが、そのうち像は次第にはっきりして来た。
山が見え、川が見え、それからりっぱな建築物が見えだした。やがて焦点が地上にはっきりあうと、道をあるいていく人々の姿が見えるようになった。
ただし、斜め上から見たところがうつっている。ちょうど、ビルの三階ぐらいから地上を見下ろしたような調子であった。
「アトランチス人だ。りっぱな服装をしているだろう。エジプト時代よりもずっと文化が高かったことが分かる。男と女の区別も、ちゃんと分かるだろう。」
おじさんの説明に、三四郎は固唾を吞んで画面に見入っていた。美しく飾った白馬が通る。
「ほら、道で立ち話をしている。二人の男の話が唇の動きで分かる。よく耳をすましていたまえ。」
おじさんが注意した。と、なるほど、かすかではあるが会話が聞こえる。
“なげかわしいことだ。こんなに道義がすたれては、生きているのがいやになった”
“飽くことを知らないこの頃の人間の欲望。神をおそれない人々。いくら美しく飾りたてようと、これは人間の世界ではない。禽獣の世界だ”
“今に、天のお裁きがあろう。いや、すでにその兆しが見える。君は気がついているか”
“うん。君は弟月のことをいっているのだろう。弟月が、だんだんあやしい光を強め、大きくふくれて来るわ。気味の悪いことだ”
“天のお裁きは近くにせまったぞ。今となっては遅いかもしれないが、わしはもう一度人々にそれを知らせて、反省をうながそう”
“それがいい。わしも生命のあるかぎり、悪魔にとりつかれている人を一人でもいいから神の国へ引きもどすのだ”
二人のアトランチス人は、そこで話をやめて、しずかに祈りをささげると、右と左とに別れた。したがって、そのあとの声は聞こえなかった。
三四郎の目には、いつしか涙がやどっていた。信仰のあつい二人のアトランチス人の胸中を思いやっての涙であった。
読了ワーク
思い出してみよう
- 三四郎が驚いたり不思議に思ったのは一体何でしょうか。
- 山脈の向こうに光っていた二つの光は何でしたか。
調べてみよう
- “固唾を吞む”とは、緊張している様子を表す時に使用する慣用句ですが、“固唾”とは何のことでしょうか。
単語ピックアップ
1.純粋(じゅんすい)
①余計な物が混ざっていないこと。混じり気がない。②私利私欲がないこと。
2.焦点(しょうてん)
3.計器(けいき)
4.道義(どうぎ)
5.禽獣(きんじゅう)
6.兆し(きざし)
7.信仰(しんこう)
8.胸中(きょうちゅう)
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読了ワーク『思い出してみよう』の解答例
- おじさんの器械の映写幕の中に、約一万年前の世界が見えること。
- 月