やなかゆう
やなかゆう
宇野浩二作『でたらめ経①【前編】』です
このおはなしはこんな人にオススメ
  • コントみたいなゆかいな話を読みたい。
  • 4歳以上の子どもに読み聞かせしたい。

このおはなしの作者

宇野浩二うのこうじ(1891年~1961年)

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おはなしの始まりはここから

★この文章は5分で読めます

むかし、あるところに、それはそれは正直しょうじきなおばあさんが住すんでいました。

けれども、このおばあさんは子こもなければ、孫まごもないので、ほんとうの一人ひとりぼっちでした。

その上うえ、おばあさんの住すんでいたところは、さびしい野原のはらの一軒家いっけんやで、となりの村むらへ行いくのには、高たかい山やまの峠とうげを越こさねばなりませんでしたし、また別べつのとなり村むらへ行いくには、大おおきな川かわをわたらねばなりませんでした。

だから、おばあさんは毎日毎日まいにちまいにちほとけ様さまの前まえに坐すわって、鉦かねばかり叩たたいていました。

きっとこのおばあさんにも、以前いぜんは子こや孫まごがあったのかも知しれません。

それがみんなおばあさんより先さきに死しんで、ほとけ様さまになったのかも知しれません。

だから、さびしいので、そうして毎日まいにちほとけ様さまばかり拝おがんでいたのでしょう。

それに、食たべるものは裏うらの畑はたけに出来できましたし、お米こめは月つきに一度いちどか、二ヶ月にかげつに一度川向いちどかわむこうの村むらへ買かいに行いくので用ようは足たりましたし、水みずは表おもての森もりのそばに、綺麗きれいな綺麗きれいな、水晶すいしょうのようなのが湧わいていましたし、――だから、おばあさんは何なににも心配しんぱいすることも、いそがしい用事ようじもない訳わけでした。

ただ、時々近ときどきちかくの街道かいどうを往来おうらいする旅たびの人ひとが足あしを疲つからしたり、喉のどをかわかしたりして、おばあさんの家うちへ一いっぷくさしてくれとか、水みずを一いっぱい御馳走ごちそうになりたいとかいって、寄よることがある位くらいのものでした。

ある日ひの夕方ゆうがたのことでした。

一人ひとりの旅人たびびとがこの家いえの前まえを通とおりかかりまして、これから急用きゅうようがあって、夜通よどおしで山やまを越こえて行いかねばならぬものだが、少すこし休やすましてほしいとおばあさんに頼たのみました。

「お安やすいことじゃ。どうぞ遠慮えんりょなくお休やすみなさい。」とおばあさんはいいました。

そこで、旅人たびびとはおばあさんからお茶ちゃなどを呼よばれながら、縁側えんがわに腰こしを下おろしてしばらく休やすんでいましたが、さて疲つかれもなおりましたので、「おばあさん、いろいろ御馳走ごちそうさまでした。」といって、お礼れいに少すこしばかりのお金かねを紙かみに包つつんでおこうとしますと、「そんなものは入いりません、どうぞこれはおしまい下ください。」とおばあさんはびっくりした顔かおをしていいました。

「わたしの家うちは御覧ごらんの通とおり茶店ちゃみせを商売しょうばいにしている訳わけではありません。それに、こんなものをいただくほどお世話せわもしないのですから、これはどうぞおしまい下ください。」

「いや、それはそうであろうが、これはわしのほんの志こころざしなんだから、どうか取とっておいて下ください。」と旅人たびびとはまた旅人たびびとで、いろいろにいって勧すすめましたが、どうしてもおばあさんの方ほうでは受うけ取とろうとしません。

が、おばあさんはふと何なにか思おもいついたと見みえて、「そんなら旅たびの方かた。」といいました。

「そんなら、わたしの方ほうからお願ねがいして、外ほかのものをお礼れいにいただきましょう。」

「外ほかのものというのは、どういうものですか?」と旅人たびびとは不思議ふしぎそうな顔かおをして聞ききかえしました。

「外ほかのものというのは、外ほかのものでもありませんが。」とおばあさんがいいますには、「御覧ごらんの通とおりわたしは年寄としよりで、こんな一軒家いっけんやに一人ひとりぼっちで住すんでいるものですから、外ほかに何なんの楽たのしみもありませんですから、お金かねなどをいただいても、つかい道みちがありません。折角せっかくいただいても、いただくのなら、つかい道みちのあるものと思おもいまして……。」

「おばあさんにつかい道みちのあるものというのは何なんだね?」と旅人たびびとはおばあさんの話はなしが廻まわりくどいので、こう急せき立たてて聞ききました。

「それはね、ほら、あそこに仏壇ぶつだんがありますでしょう。」とおばあさんはやっぱり落おち着ついた調子ちょうしで、「わたしは暇ひまさえあると、あそこにお線香せんこうを立たてたり、花はなを立たてたりして、そしてただ鉦かねを叩たたいて拝おがんでいるだけなのでございます。……」

「そのほとけ様さまが一体いったいどうしたというんだい、おばあさん?」と旅人たびびとは少すこしいらいらしながら尋たずねました。

「それで、おばあさんはわしに何なにがほしいというんです?」

「それで、そのわたしは。」とおばあさんは相変あいかわらずゆっくりと、「そうして毎日まいにちひまさえあると、鉦かねを叩たたいて拝おがんでいるのですが、ただ拝おがんでいるばかりで、お経きょうの文句もんくを少すこしも知しらないもんですから、誠まことに不自由ふじゆうをしているんでございます。それで、旅たびの方かた、わたしのお願ねがいというのは、お経きょうの文句もんくを教おしえていただきたいので、それならわたしに早速有難さっそくありがたくつかい道みちがあります訳わけで……。」

「お経きょうの文句もんく!」と旅人たびびとは頓狂とんきょうな声こえでいいました。

何故なぜ頓狂とんきょうな声こえでいったかというと、旅人たびびとは生憎あいにくお経きょうの文句もんくなぞ少すこしも知しらなかったからでした。

おばあさんはそんなこととは知しりませんから、「ね、旅たびの方かた、お見受みうけしたところ、あなたはお立派りっぱな方かただから、きっとお経きょうの文句もんくを御存知ごぞんじに違ちがいない。どうぞ、ほんの少すこしでもよいから教おしえて下くださいませ、お願ねがいでございます。」と頼たのみました。

お立派りっぱな方かた、といわれたので、旅人たびびとは嬉うれしくなってしまいました。

これで、お経きょうの文句もんくを知しらないなぞといったら、恥はずかしいわけだと思おもいましたので、「そりゃお経きょうの文句もんくぐらいなら知しっているが……。」と答こたえました。

「御存知ごぞんじなら、どうぞ、旅たびの方かた、是非ぜひお教おしえ下くださいませ。実じつはこれまでにいろんなお方かたにお願ねがいしたのですが、この辺へんを通とおる方かたに、お経きょうの文句もんくを知しってる人ひとが一人ひとりもありませんので……今日こんにちこうしてあなた様さまがお見みえになったのは、ほとけ様さまのお引ひき合あわせに違ちがいありません。さあ、どうぞお教おしえ下ください。」

こういわれると、ますます旅人たびびとは後あとへ引ひけなくなりました。

といって、今いまもいった通とおり、お経きょうの文句もんくなど、一言ひとことも知しらないのですから、「さあ、どうぞ、どうぞお教おしえ下ください。」とおばあさんに催促さいそくされて、本当ほんとうに困こまってしまいました。

でたらめなお経が思わぬ幸運をもたらした話②【この文章は3分で読めます】宇野浩二作、「でたらめ経」中編です。物語の漢字全てにルビが振ってあります。また、ルビ付きの1分で音読できるシートもダウンロードできます。...

読了ワーク

思い出してみよう

  1. おばあさんはどんなところに住んでいたでしょうか。
  2. ある一人の旅人に、おばあさんは何をお願いしたのでしょうか。

調べてみよう

  1. “峠”とは、山のどの部分のことでしょうか。
  2. 『鉦』と『鐘』の違いは何でしょう。
  3. 水晶とは石のことですが、どんな石でしょうか。
  4. この物語上での“呼ばれる”の意味を調べてみよう。
  5. “志”とは何でしょうか。

単語ピックアップ

1.頓狂(とんきょう)

いきなり、その場にそぐわない調子外れな言動をすること。

2.生憎(あいにく)

期待や目的の通りにならず、残念なこと。都合が合わないこと。

3.催促(さいそく)

早くするよう急かすこと。

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読了ワーク『思い出してみよう』の解答例

  1. となりの村に行くのに、高い山の峠を越さないといけず、別のとなり村へ行くには、大きな川をわたらなければならない、さびしい野原の一軒家。
  2. お経の文句を教えて欲しいとお願いした。