- コントみたいなゆかいな話を読みたい。
- 4歳以上の子どもに読み聞かせしたい。
このおはなしの作者
※名前をクリックすると別ウィンドウでWikipediaの作者情報が表示されます。
おはなしの始まりはここから
★この文章は5分で読めます
むかし、あるところに、それはそれは正直なおばあさんが住んでいました。
けれども、このおばあさんは子もなければ、孫もないので、ほんとうの一人ぼっちでした。
その上、おばあさんの住んでいたところは、さびしい野原の一軒家で、となりの村へ行くのには、高い山の峠を越さねばなりませんでしたし、また別のとなり村へ行くには、大きな川をわたらねばなりませんでした。
だから、おばあさんは毎日毎日ほとけ様の前に坐って、鉦ばかり叩いていました。
きっとこのおばあさんにも、以前は子や孫があったのかも知れません。
それがみんなおばあさんより先に死んで、ほとけ様になったのかも知れません。
だから、さびしいので、そうして毎日ほとけ様ばかり拝んでいたのでしょう。
それに、食べるものは裏の畑に出来ましたし、お米は月に一度か、二ヶ月に一度川向こうの村へ買いに行くので用は足りましたし、水は表の森のそばに、綺麗な綺麗な、水晶のようなのが湧いていましたし、――だから、おばあさんは何にも心配することも、いそがしい用事もない訳でした。
ただ、時々近くの街道を往来する旅の人が足を疲らしたり、喉をかわかしたりして、おばあさんの家へ一ぷくさしてくれとか、水を一ぱい御馳走になりたいとかいって、寄ることがある位のものでした。
ある日の夕方のことでした。
一人の旅人がこの家の前を通りかかりまして、これから急用があって、夜通しで山を越えて行かねばならぬものだが、少し休ましてほしいとおばあさんに頼みました。
「お安いことじゃ。どうぞ遠慮なくお休みなさい。」とおばあさんはいいました。
そこで、旅人はおばあさんからお茶などを呼ばれながら、縁側に腰を下ろしてしばらく休んでいましたが、さて疲れもなおりましたので、「おばあさん、いろいろ御馳走さまでした。」といって、お礼に少しばかりのお金を紙に包んでおこうとしますと、「そんなものは入りません、どうぞこれはおしまい下さい。」とおばあさんはびっくりした顔をしていいました。
「わたしの家は御覧の通り茶店を商売にしている訳ではありません。それに、こんなものをいただくほどお世話もしないのですから、これはどうぞおしまい下さい。」
「いや、それはそうであろうが、これはわしのほんの志なんだから、どうか取っておいて下さい。」と旅人はまた旅人で、いろいろにいって勧めましたが、どうしてもおばあさんの方では受け取ろうとしません。
が、おばあさんはふと何か思いついたと見えて、「そんなら旅の方。」といいました。
「そんなら、わたしの方からお願いして、外のものをお礼にいただきましょう。」
「外のものというのは、どういうものですか?」と旅人は不思議そうな顔をして聞きかえしました。
「外のものというのは、外のものでもありませんが。」とおばあさんがいいますには、「御覧の通りわたしは年寄りで、こんな一軒家に一人ぼっちで住んでいるものですから、外に何の楽しみもありませんですから、お金などをいただいても、つかい道がありません。折角いただいても、いただくのなら、つかい道のあるものと思いまして……。」
「おばあさんにつかい道のあるものというのは何だね?」と旅人はおばあさんの話が廻りくどいので、こう急き立てて聞きました。
「それはね、ほら、あそこに仏壇がありますでしょう。」とおばあさんはやっぱり落ち着いた調子で、「わたしは暇さえあると、あそこにお線香を立てたり、花を立てたりして、そしてただ鉦を叩いて拝んでいるだけなのでございます。……」
「そのほとけ様が一体どうしたというんだい、おばあさん?」と旅人は少しいらいらしながら尋ねました。
「それで、おばあさんはわしに何がほしいというんです?」
「それで、そのわたしは。」とおばあさんは相変わらずゆっくりと、「そうして毎日ひまさえあると、鉦を叩いて拝んでいるのですが、ただ拝んでいるばかりで、お経の文句を少しも知らないもんですから、誠に不自由をしているんでございます。それで、旅の方、わたしのお願いというのは、お経の文句を教えていただきたいので、それならわたしに早速有難くつかい道があります訳で……。」
「お経の文句!」と旅人は頓狂な声でいいました。
何故頓狂な声でいったかというと、旅人は生憎お経の文句なぞ少しも知らなかったからでした。
おばあさんはそんなこととは知りませんから、「ね、旅の方、お見受けしたところ、あなたはお立派な方だから、きっとお経の文句を御存知に違いない。どうぞ、ほんの少しでもよいから教えて下さいませ、お願いでございます。」と頼みました。
お立派な方、といわれたので、旅人は嬉しくなってしまいました。
これで、お経の文句を知らないなぞといったら、恥ずかしいわけだと思いましたので、「そりゃお経の文句ぐらいなら知っているが……。」と答えました。
「御存知なら、どうぞ、旅の方、是非お教え下さいませ。実はこれまでにいろんなお方にお願いしたのですが、この辺を通る方に、お経の文句を知ってる人が一人もありませんので……今日こうしてあなた様がお見えになったのは、ほとけ様のお引き合わせに違いありません。さあ、どうぞお教え下さい。」
こういわれると、ますます旅人は後へ引けなくなりました。
といって、今もいった通り、お経の文句など、一言も知らないのですから、「さあ、どうぞ、どうぞお教え下さい。」とおばあさんに催促されて、本当に困ってしまいました。
読了ワーク
思い出してみよう
- おばあさんはどんなところに住んでいたでしょうか。
- ある一人の旅人に、おばあさんは何をお願いしたのでしょうか。
調べてみよう
- “峠”とは、山のどの部分のことでしょうか。
- 『鉦』と『鐘』の違いは何でしょう。
- 水晶とは石のことですが、どんな石でしょうか。
- この物語上での“呼ばれる”の意味を調べてみよう。
- “志”とは何でしょうか。
単語ピックアップ
1.頓狂(とんきょう)
いきなり、その場にそぐわない調子外れな言動をすること。
2.生憎(あいにく)
期待や目的の通りにならず、残念なこと。都合が合わないこと。
3.催促(さいそく)
早くするよう急かすこと。
音読シートダウンロード
★この物語“でたらめ経①【前編】”の音読シートがダウンロードできます。
[download id=”838″]
読了ワーク『思い出してみよう』の解答例
- となりの村に行くのに、高い山の峠を越さないといけず、別のとなり村へ行くには、大きな川をわたらなければならない、さびしい野原の一軒家。
- お経の文句を教えて欲しいとお願いした。