「日本のアンデルセン」「日本児童文学の父」と呼ばれる小川未明作『赤いろうそくと人魚③【後編】』です。
- 悲しいけれど美しい話が読みたい。
- アンデルセンの『人魚姫』が好き。
- 年中~の子どもに読み聞かせしたい。
前回までのあらすじ
人とは違う姿を恥ずかしく思い、内にこもっていた人魚の娘は、奥の間でろうそくを造るおじいさんに絵を描いたろうそくを売ってみたらどうかと提案する。
ためしに描いてみると良いと言われた人魚の娘は、それは美しい絵をろうそくに描く。
すると、たちまちその絵は町で評判となった。
そんなある時、南の方の国から香具師が現れる。
どこから聞いて来たのか、ろうそく屋の老夫婦のところにやって来た香具師は、老夫婦に人魚の娘を売るようそそのかす。
何度となく香具師の話を聞いた老夫婦は、とうとう香具師の言うことを受け入れてしまう。
その話を聞いた人魚の娘は泣いて訴えるが、老夫婦が話を聞き入れることは無かった。
赤いろうそくと人魚③【後編】はここから
★この文章は4分で読めます
月の明るい晩のことであります。
娘は、独り波の音を聞きながら、自分の行く末を思って悲しんでいました。
波の音を聞いていると、なんとなく遠くの方で、自分を呼んでいるものがあるような気がしましたので、窓から外を覗いてみました。
けれど、ただ青い青い海の上に月の光が果てしなく照らしているばかりでありました。
娘はまた座って、ろうそくに絵を描いていました。
すると、表の方が騒がしくなりました。
いつかの香具師が、いよいよこの夜娘を連れに来たのです。
大きな鉄格子のはまった、四角な箱を車に乗せて来ました。
その箱の中には、かつて虎や獅子や豹などを入れたことがあるのです。
この優しい人魚も、やはり海の中の獣だというので、虎や獅子と同じように取り扱おうとしたのであります。
ほどなく、この箱を見た娘はどんなに驚いたことでありましょう。
そうとも知らずに、娘は下を向いて絵を描いていました。
そこへおじいさんとおばあさんが入ってきて「さあ、おまえは行くのだ。」と言って、連れ出そうとしました。
せき立てられた娘は、手に持っていたろうそくに絵を描くことができず、それをみんな赤く塗ってしまいました。
娘は赤いろうそくを自分の悲しい思い出の記念に二、三本残していったのであります。
◆
本当に穏やかな晩のことです。
おじいさんとおばあさんが戸を閉めて寝ていると、トントンと誰か戸を叩くものがありました。
おばあさんは気付いて「どなた?」と言いました。
けれどもそれには答がなく、続けてトントンと戸を叩きました。
おばあさんは起きてきて、戸を細めに開けて外を覗きました。
すると、色の白い女が一人戸口に立っていました。
女はろうそくを買いに来たのです。
おばあさんは、少しでもお金が儲かることなら、決して嫌な顔つきをしませんでした。
おばあさんは、ろうそくの箱を取り出して女に見せました。
その時、おばあさんはびっくりしました。
女の長く黒い髪の毛がびっしょりと水に濡れて、月の光に輝いていたからです。
女は箱の中から、真っ赤なろうそくを取り上げました。
そして、じっとそれに見入っていましたが、やがて金を払ってその赤いろうそくを持って帰って行きました。
おばあさんは燈火のところでよくその金を調べてみると、それはお金ではなくて貝がらでありました。
おばあさんは騙されたと思い、怒って家から飛び出してみましたが、もはやその女の影はどこにも見えなかったのであります。
その夜のことであります。
急に空の模様が変わって、近ごろにない大嵐となりました。
ちょうど香具師が娘を檻の中に入れて、船に乗せて南の方の国へ行く途中で、沖にいた頃であります。
「この大嵐では、とてもあの船は助かるまい。」とおじいさんとおばあさんはぶるぶると震えながら言いました。
夜が明けると、沖は真っ暗でものすごい景色でありました。
その夜、難船をした船は数えきれないほどであります。
不思議なことに、その後赤いろうそくが山のお宮に点った晩は、今までどんなに天気が良くても、たちまち大嵐となりました。
それから、赤いろうそくは不吉ということになりました。
ろうそく屋の年寄り夫婦は神様の罰が当たったのだと言って、ろうそく屋をやめてしまいました。
しかし、どこからともなく、だれが、お宮に上げるものか、たびたび、赤いろうそくがともりました。
昔は、このお宮にあがった絵の描いたろうそくの燃えさしさえ持っていれば、けっして、海の上では災難にはかからなかったものが、今度は、赤いろうそくを見ただけでも、その者はきっと災難にかかって、海におぼれて死んだのであります。
たちまち、このうわさが世間に伝わると、もはや誰も、この山の上のお宮に参詣するものがなくなりました。
こうして昔、あらたかであった神さまは、今は町の鬼門となってしまいました。
そして、こんなお宮が、この町になければいいものと、うらまぬ者はなかったのであります。
船乗りは、沖から、お宮のある山をながめておそれました。
夜になると、この海の上は、なんとなくものすごうございました。
はてしもなく、どちらを見まわしても、高い波がうねうねとうねっています。
そして、岩に砕けては、白いあわが立ち上がっています。
月が、雲間からもれて波の面を照らしたときは、まことに気味悪うございました。
真っ暗な、星も見えない、雨の降る晩に、波の上から、赤いろうそくの灯が、漂って、だんだん高く登って、いつしか山の上のお宮をさして、ちらちらと動いてゆくのを見たものがあります。
幾年も経たずして、そのふもとの町は滅びて無くなってしまいました。
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読了ワーク
思い出してみよう
- 人魚の娘はなぜろうそくを赤く塗ってしまったのでしょうか。
- 赤いろうそくが不吉なものとなってしまったのはなぜでしょうか。
- 山の上のお宮に誰もお参りに行かなくなったのはなぜでしょう。
調べてみよう
- 『覗く』と『覘く』の違いは何でしょう。
単語ピックアップ
1.難船(なんせん)
風波などの影響で、船が壊れたり、隠れて見えない岩や陸に乗り上げたり、ひっくり返ったりしてしまうこと。また、その船のこと。
2.罰(ばつ・ばち)
法令や集団における決まり事、道徳に違反した場合に与えられる懲らしめ。
3.鬼門(きもん)
昔から忌み嫌われている方角のこと。また、人によって苦手に思ったり、嫌ったりする物事を指す時にも言う。
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連想こばなし
赤いろうそく
この物語では、赤いろうそくは不吉な物とされてしまいました。
しかし、実際は縁起の良い時に使われるようです。
赤い和ろうそくは朱ろうそくとも言います。
浄土真宗では、年忌法要や正月・結婚や出産などのお祝い事で使う慣わしがあるのだそう。
読了ワーク『思い出してみよう』の解答例
- せき立てられ、絵を描くことができなかったから。
- 山のお宮に赤いろうそくが点ると、どんなに天気が良くても、たちまち大嵐になったから。
- 赤いろうそくを見ただけで災難にかかり、海でおぼれ死ぬようになった。そしてそのうわさが世間に広まったから。