- 明るい気分になる話が読みたい。
- 分かりやすい話が読みたい。
- 3歳以上の子どもに読み聞かせしたい。
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前回までのあらすじ
おはなしの始まりはここから
★この文章は4分で読めます
一郎は気の毒になって、「さあ、なかなか、文章が上手いようでしたよ。」と言いますと、男は喜んで、息をはあはあして、耳のあたりまでまっ赤になり、着物の襟を広げて、風を体に入れながら、「あの字もなかなか上手いか。」と聞きました。
一郎は、思わず笑いだしながら、返事しました。
「上手いですね。五年生だってあのくらいには書けないでしょう。」
すると男は、急にまたいやな顔をしました。
「五年生っていうのは、尋常五年生だべ。」
その声が、あんまり力なく哀れに聞こえましたので、一郎はあわてて言いました。
「いいえ、大学校の五年生ですよ。」
すると、男はまた喜んで、まるで、顔じゅう口のようにして、ニタニタニタニタ笑って叫びました。
「あの葉書はわしが書いたのだよ。」
一郎はおかしいのをこらえて、「ぜんたいあなたは何ですか。」とたずねますと、男は急にまじめになって、「わしは山猫様の馬車別当だよ。」と言いました。
そのとき、風がどうと吹いてきて、草は一面波だち、別当は、急に丁寧なおじぎをしました。
一郎はおかしいと思って、ふりかえって見ますと、そこに山猫が、黄色な陣羽織のようなものを着て、緑色の眼をまん丸にして立っていました。
やっぱり山猫の耳は、立って尖っているなと、一郎が思いましたら、山猫はぴょこっとおじぎをしました。
一郎も丁寧に挨拶しました。
「いや、こんにちは、昨日は葉書をありがとう。」
山猫はひげをピンと引っ張って、腹をつき出して言いました。
「こんにちは、よくいらっしゃいました。実は一昨日から、面倒な争いが起こって、ちょっと裁判に困りましたので、あなたのお考えを、うかがいたいと思いましたのです。まあ、ゆっくり、おやすみください。じき、どんぐりどもがまいりましょう。どうも毎年、この裁判で苦しみます。」
山猫は、懐から、巻煙草の箱を出して、自分が一本くわえ、「いかがですか。」と一郎に出しました。
一郎はびっくりして、「いいえ。」と言いましたら、山猫は大様に笑って、「ふふん、まだお若いから、」と言いながら、マッチをしゅっと擦って、わざと顔をしかめて、青い煙をふうと吐きました。
山猫の馬車別当は、気をつけの姿勢で、しゃんと立っていましたが、いかにも、煙草の欲しいのを無理にこらえているらしく、涙をぼろぼろこぼしました。
そのとき、一郎は、足元でパチパチ塩の爆ぜるような、音を聞きました。
びっくりして屈んで見ますと、草のなかに、あっちにもこっちにも、黄金色の丸いものが、ぴかぴか光っているのでした。
よく見ると、みんなそれは赤いズボンを履いたどんぐりで、もうその数ときたら、三百でも利かないようでした。
わあわあわあわあ、みんな何か言っているのです。
「あ、来たな。蟻のようにやって来る。おい、さあ、早くベルを鳴らせ。今日はそこが日当たりが良いから、そこのとこの草を刈れ。」山猫は巻き煙草を投げ捨てて、大急ぎで馬車別当に言いつけました。
馬車別当も大変慌てて、腰から大きな鎌を取り出して、ざっくざっくと、山猫の前のとこの草を刈りました。
そこへ四方の草の中から、どんぐりどもが、ぎらぎら光って、飛び出して、わあわあわあわあ言いました。
馬車別当が、こんどは鈴をガランガランガランガランと振りました。
音は榧の森に、ガランガランガランガランと響き、黄金のどんぐりどもは、少し静かになりました。
見ると山猫は、もういつか、黒い長い繻子の服を着て、勿体らしく、どんぐりどもの前に座っていました。
まるで奈良の大仏様に参詣するみんなの絵のようだと一郎は思いました。
別当が今度は、革鞭を二三べん、ひゅうぱちっ、ひゅう、ぱちっと鳴らしました。
空が青く澄みわたり、どんぐりはぴかぴかして実にきれいでした。
「裁判ももう今日で三日目だぞ、いい加減に仲直りをしたらどうだ。」
山猫が、少し心配そうに、それでも無理に威張って言いますと、どんぐりどもは口々に叫びました。
「いえいえ、駄目です、なんといったって頭の尖ってるのが一番えらいんです。そして私が一番尖っています。」
「いいえ、違います。丸いのがえらいのです。一番丸いのは私です。」
「大きなことだよ。大きなのが一番えらいんだよ。私が一番大きいから私がえらいんだよ。」
「そうでないよ。私の方がよほど大きいと、昨日も判事さんがおっしゃったじゃないか。」
「駄目だい、そんなこと。背の高いのだよ。背の高いことなんだよ。」
「押しっこのえらいひとだよ。押しっこをして決めるんだよ。」
もうみんな、ガヤガヤガヤガヤ言って、何が何だか、まるで蜂の巣を突っついたようで、わけがわからなくなりました。
読了ワーク
思い出してみよう
- 一郎が葉書の字に対して「五年生だってあのくらいには書けない」と言った後、「大学校の五年生のことだ」と付け加えて言ったのはなぜでしょうか。
- 草地にいた男は何者でしたか。
- 山猫が「蟻のようにやって来る」と言ったのは何のことですか。
調べてみよう
- “繻子”とは、布の織り方を略した名称、またはその織物のことです。どのような布か調べてみましょう。
- 『判事』と『裁判官』の違いは何でしょうか。
単語ピックアップ
1.尋常(じんじょう)
尋常小学校のこと。明治から第二次世界大戦前まで存在した、現在の小学校のような教育機関。
2.大様(おおよう)
①ゆったりとして、落ち着き払ったさま。②大まか。大雑把。
3.勿体(もったい)
態度、外見が重々しく、尊大な様子。
4.参詣(さんけい)
寺や神社にお参りすること。
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読了ワーク『思い出してみよう』の解答例
- 「五年生っていうのは尋常五年生のことだ」と言った声が、力なく哀れに聞こえたから。
- 山猫の馬車別当。
- たくさんのどんぐり。(赤いズボンを履いた)三百でも利かないほどのどんぐり。など