「日本のアンデルセン」「日本児童文学の父」と呼ばれる小川未明作『赤いろうそくと人魚②【中編】』です。
- 悲しいけれど美しい話が読みたい。
- アンデルセンの『人魚姫』が好き。
- 年中~の子どもに読み聞かせしたい。
前回までのあらすじ
北の海に、子を身ごもった人魚がいた。
冷たく暗い海の中での生活を嘆いていた人魚は、子どもには人間の元で大切に育てられ、幸せに暮らして欲しいと願う。
そして人魚は、意を決して人間達が暮らす島に子どもを産み落としたのだった。
その人魚の子どもは、ろうそく屋を営む老夫婦に拾われ、そこですくすくと成長する。
赤いろうそくと人魚②【中編】はここから
★この文章は4分で読めます
娘は大きくなりましたが、姿が変わっているので、恥ずかしがって顔を外へ出しませんでした。
けれど、一目その娘を見た人がびっくりするような美しい器量でありましたから、中にはどうにかしてその娘を見たいと思って、ろうそくを買いに来た人もいました。
おじいさんとおばあさんは「うちの娘は内気で恥ずかしがりやだから、人様の前には出ないのです。」と言っていました。
奥の間でおじいさんは、せっせとろうそくを造っていました。
娘は、自分の思いつきで、きれいな絵を描いたら、みんなが喜んで、ろうそくを買うだろうと思いましたから、そのことをおじいさんに話しますと、そんならおまえの好きな絵を、ためしに描いてみるがいいと答えました。
娘は赤い絵の具で白いろうそくに、魚や貝やまたは海藻のようなものを誰に習ったわけでもなく上手に描きました。
おじいさんは、それを見るとびっくりしました。
その絵を見ると、誰でもろうそくが欲しくなるような不思議な力と、美しさが込められていたのです。
「上手いはずだ。人魚が描いたのだもの。」とおじいさんは感嘆して、おばあさんと話しました。
「絵を描いたろうそくをおくれ。」といって、朝から晩まで子どもや大人が店まで買いに来ました。
絵を描いたろうそくは、みんなに受けたのであります。
そしてこの絵を描いたろうそくを山の上のお宮にあげて、その燃えさしを身につけて、海に出ると、どんな大暴風雨の日でも、決して船が転覆したり、溺れて死ぬような災難に遭わないということが、いつからともなく噂となって広まりました。
「海の神様を祭ったお宮だもの、きれいなろうそくをあげれば神様もお喜びなさるのに決まっている。」と町の人々は言いました。
ろうそく屋では、おじいさんはいっしょうけんめいに朝から晩まで、ろうそくを造りました。
その側で娘は、手が痛くなるのを我慢して、ろうそくに絵を描いたのであります。
「こんな、人間でない自分をよく育てて、かわいがって下さったご恩を忘れてはならない。」
と老夫婦の優しい心を感じて、娘は大きな黒い瞳をうるませたこともあります。
この話は遠くの村まで届きました。
神様にあがった絵を描いたろうそくの燃えさしを手に入れたい船乗りや漁師は、遠方からもやって来ました。
そして、ろうそくを買って山に登り、お宮にお参りして、ろうそくに火をつけてささげ、その燃えて短くなるのを待って、またそれをいただいて帰りました。
だから昼夜問わず、山の上のお宮には、ろうそくの火が絶えたことはありません。
とりわけ夜は美しく、燈火の光が海の上からも望まれたのであります。
「本当にありがたい神様だ。」という評判は、世間に広まりました。
それで急にこの山が名高くなりました。
しかし、誰もろうそくに心を込めて絵を描いている娘のことを、思うものはなかったのです。
したがって、その娘をかわいそうに思った人はなかったのであります。
娘は疲れて、時々月のきれいな夜に窓から頭を出して、遠い北の青い青い海を恋しがっては、涙ぐんで眺めていることもありました。
◆
ある時、南の方の国から、香具師が入って来ました。
何か北の国へ行って、珍しいものを探して、それを南の国へ持って行って、金を儲けようというのであります。
ある日のこと、香具師はどこから聞いて来たのか、またはいつ娘の姿を見て、世に珍しい人魚であることを見抜いたものか、こっそりと年寄り夫婦のところへやって来て、娘にはわからないように、大金を出すから人魚を売ってはくれないかと申したのであります。
年寄り夫婦は最初のうちは、この娘は神様がお授けになったのだから、どうしても売ることは出来ない。そんなことをしたら、罰が当たると言って承知しませんでした。
香具師は一度、二度断られても懲りずに、またやって来ました。
そして、年寄り夫婦に向かって「昔から人魚は不吉なものとしてある。今のうちに、手元から離さないと、きっと悪いことがある。」とまことしやかに申したのであります。
年寄り夫婦は、ついに香具師の言うことを信じてしまいました。
そして金に心を奪われて、娘を売ると約束してしまったのであります。
香具師は、たいそう喜んで帰りました。
いずれそのうちに、娘を受け取りに来ると言いました。
この話を娘が知った時、どんなに驚いたでありましょう。
内気な優しい娘はこの家から離れて、幾百里も遠く知らない熱い南の国へ行くことを恐れました。
そして、泣いて年寄り夫婦に願ったのであります。
「わたしは、どんなにでも働きますから、どうぞ知らない南の国へ売られて行くことは許してくださいまし。」
しかし、もはや鬼のような心持ちになってしまった年寄り夫婦は、何を言っても娘の言うことを聞き入れませんでした。
娘は、部屋の中に閉じ籠もって、一心にろうそくに絵を描いていました。
しかし、年寄り夫婦はそれを見てもいじらしいとも、哀れとも思わなかったのであります。
このおはなしの作者
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読了ワーク
思い出してみよう
- おじいさんが造ったろうそくが、とても売れるようになりました。なぜでしょうか。
- どうして人魚の娘は香具師に売られることになったのでしょうか。
調べてみよう
- 『造る』と『作る』と『創る』の違いは何だろう。
- 『遭う(遇う)』と『会う(逢う)』と『合う』の違いは何だろう。
- 『香具師(こうぐし・やし)』とはどんな人だろう。
単語ピックアップ
1.器量(きりょう)
いくつか意味があるが、この文中では顔立ち、容貌のことを表す。
2.内気(うちき)
気が弱く、人前ではハキハキと振る舞えない性格のこと。
3.感嘆(かんたん)
心から感動し、声をもらすさま。また、褒めたたえる様子。
4.燃(も)えさし
燃え切らずに残ったもの。
5.暴風雨(ぼうふうう)
非常に強い風を伴った雨のこと。台風や発達した低気圧などよって引き起こされる。
6.転覆(てんぷく)
船や鉄道車両がひっくり返ること。
7.燈火(とうか)
ともしび。あかり。
8.幾百里(いくひゃくり)
日本では一里は約3.9kmなので、その百倍。幾は「いくらか」「どれほどか」の意味があり、はっきりしない数・量・時間等の前に付ける。
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連想こばなし
絵付きの和ろうそく
人魚が描いた絵付きの和ろうそくはどんなに美しいものだったのでしょうか。
実際に、絵付きの和ろうそくは売られています。
主に花が描かれおり、それを総じて“花ろうそく”と言います。
生花が少ない冬、特に東北や北陸の雪深い地域では、お仏壇に生花が飾れないという理由から、ろうそくに花を描いたものを飾ったと言います。
その花ろうそくが伝統工芸として、今に伝わっているのです。
『赤いろうそくと人魚』の作者である小川未明の出身地は北陸にあたる新潟県。
そして、新潟県上越市大潟区の雁子浜には、人魚塚伝説の碑があり、この物語のモデルになっていると言われています。
藤の花のろうそくもとってもステキ!
読了ワーク『思い出してみよう』の解答例
- 娘が上手に絵を描いたろうそくが町の人に受けたから。
- 「人魚は不吉なもの」という香具師の話を信じ、金に心を奪われてしまったから。